キーワード:
生分解性プラスチック/ポリエステル/ポリ乳酸/ナイロン/ポリグリコール酸/多糖エステル/マイクロプラスチック/SDGs/土壌汚染/海洋汚染/バイオエコノミー/バイオマスプラスチック/微生物生産/バイオリファイナリー/微生物/酵素
刊行にあたって
20世紀に生み出された画期的な新素材であるプラスチックは,軽くて,丈夫で,長持ちし,様々な形に成形加工でき,大量生産が可能であることから,私たちの生活に欠かせない材料として,生活を豊かにしてきました。しかし現在,環境中で生分解されない,非生分解性プラスチックによる環境破壊および生態系への影響が,世界的な解決すべき課題として取り上げられています。その中でも近年,海洋マイクロプラスチック問題が特にクローズアップされ,世界レベルで早急に対策を検討しなければならない最重要課題として認識されています。
海洋マイクロプラスチックを将来的に解決する手段の一つとして,海洋中の微生物が分泌する分解酵素によって二酸化炭素と水にまで完全に分解される「海洋生分解性プラスチック」の開発が望まれています。1980年代に今と同じようなプラスチックのごみ処理問題が大きな課題となり,多くの「生分解性プラスチック」が開発されるとともに,その土壌,川,湖などにおける環境分解性についても,産学官民が一体となり検討されてきました。国際標準化機構(ISO)による多くの生分解性試験法においても,1990年代にコンポスト,土壌,河川水などを想定して作られてきました。現在,海洋および深海を想定した生分解性試験法の確立が検討されています。
本書は,これまで開発されてきた生分解性プラスチックの微生物学的手法あるいは化学的手法による合成,基礎物性,高性能部材化技術について詳細に解説しています。さらに,分解酵素による分解のメカニズムを分子レベルで解明することにより,今後の新規な海洋生分解性プラスチック創製に向けた酵素学的観点からの材料設計についても提案しています。海洋プラスチック問題は,各国の法的枠組みや循環型経済(サーキュラーエコノミー)も考慮し,研究開発を進めなければなりません。本書では,生分解性プラスチックの国際標準化,今後の生分解性プラスチックに求められることを整理し,世界的な取り組みについても紹介しています。
本書は本分野の第一線で活躍する専門家および企業研究者の方々に執筆していただきました。今後生分解性プラスチックの研究開発に携わりたいと考えている多くの学生・企業研究者・アカデミア研究者のお役に立つことを願っています。
最後に本書の刊行に多大なるご尽力を頂いた執筆者各位ならびに,シーエムシー出版編集部の渡邊翔氏に厚く御礼申し上げます。
(本書「まえがき」より)
著者一覧
阿部英喜 理化学研究所
府川伊三郎 ㈱旭リサーチセンター
新井喜博 ㈱旭リサーチセンター
藤島義之 新エネルギー・産業技術総合開発機構
島村道代 海洋研究開発機構
国岡正雄 産業技術総合研究所
植松正吾 植松技術事務所
糸賀公人 八幡物産㈱
水野匠詞 東京工業大学
柘植丈治 東京工業大学
松本謙一郎 北海道大学
田口精一 東京農業大学
鈴木美和 群馬大学理工学部
橘 熊野 群馬大学大学院
粕谷健一 群馬大学大学院
中山敦好 産業技術総合研究所
大倉徹雄 ㈱カネカ
辻 秀人 豊橋技術科学大学
中山祐正 広島大学
塩野 毅 広島大学
金子達雄 北陸先端科学技術大学院大学
岡島麻衣子 北陸先端科学技術大学院大学
鈴木義紀 ㈱クレハ
熊木洋介 ㈱クラレ
鈴木理浩 ㈱クラレ
寺本好邦 京都大学
西田治男 九州工業大学
久野玉雄 理化学研究所
中島敏明 筑波大学
平石知裕 理化学研究所
吉田昭介 奈良先端科学技術大学院大学
目次 + クリックで目次を表示
第1章 マイクロプラスチックとプラスチックリサイクル
1 海洋プラスチックごみとマイクロプラスチック(MPs)
1.1 ポリマー生産と海洋プラスチックごみの量
1.2 世界的に問題視され,規制が始まったシングルユース プラスチック製品
1.3 海洋プラスチックごみの問題点と対策
1.4 マイクロプラスチック(MPs)
1.5 マイクロプラスチック(MPs)の問題点の一例
1.6 マイクロプラスチック(MPs)の法規制
1.7 海洋を漂流するマイクロプラスチック(MPs)の海洋密度測定
2 マイクロプラスチック(MPs)の生成と行方
3 海洋プラスチック問題とプラスチック循環経済に関する活発な国際的動き
4 バイオポリマー(バイオマスプラスチックと生分解性プラスチック)
5 日本のプラスチック廃棄物のリサイクルと処理の現状
5.1 概要
5.2 求められるプラスチックのリサイクル率の大幅アップ
第2章 バイオエコノミーというトレンド,エコマテリアルとの重なり,日本のバイオ戦略
1 バイオエコノミーの定義
2 バイオエコノミーの歴史
3 国際的議論と海外の特徴
4 エコマテリアルとの接点
5 バイオ戦略2019とこれからの展望
第3章 海洋プラスチック問題―科学的事実と循環型社会―
1 はじめに
2 海洋プラスチック問題:科学的事実
2.1 海にプラスチックごみがあることの,一体何が問題か。海辺のごみと深海のごみ
2.2 海洋マイクロプラスチック問題
2.3 環境中へ排出されやすいプラスチックとされにくいプラスチック
2.4 生分解性プラスチックはMP問題の鍵となるのか
3 問題を取り巻く社会の状況
3.1 海洋における問題の特殊性
3.2 欧州の「予防原則」と「循環型経済」
3.3 G20と日本の状況「プラスチック資源循環戦略」
4 おわりに
第4章 生分解性プラスチックの国内外の標準化動向
1 標準化の意義
2 生分解に関わるISO国際標準化の国内・国際審議体制
3 国際標準化の道筋
4 生分解に関わるISO国際標準
5 その他の国際標準化動向
6 生分解性プラスチック製品の認証制度
7 海洋生分解評価方法のISO国際標準化
第5章 海水中における生分解性プラスチックの生分解度測定
1 生分解度の測定法
2 生分解性試験法と栄養塩
3 測定装置
4 海水と堆積物の採取
5 海水の温度
6 海水のpH
7 生分解度測定の実際
7.1 材料および方法
7.2 結果および考察
8 おわりに
第6章 今,生分解性プラスチックに求められること
1 生分解性プラスチックとは
2 生分解性プラスチックに求められること
2.1 生分解性プラスチックの種類を増やす
2.2 環境分解性の正確な認識
2.3 生分解性開始機能と生分解性速度のコントロール
2.4 酵素分解・微生物分解・環境分解の知見を基にした分解酵素・分解微生物のデータベースの確立
2.5 化学構造および分子構造からの生分解性プラスチックのシミュレーション
2.6 本当の意味でのマイクロプラスチックおよびナノプラスチック問題の解決
2.7 非生分解性プラスチックを分解する人工酵素の開発
2.8 生分解性高強度繊維の必要性
2.9 環境応答型生分解性プラスチック
2.10 酵素内包生分解性プラスチック
3 おわりに
【第2編 微生物産生ポリエステルの生合成と生分解性】
第1章 中鎖PHAホモポリマーの生合成と生分解性
1 はじめに
2 微生物ポリエステルPHA
3 中鎖PHAホモポリマーの生合成
4 MCL-PHAホモポリマーの材料物性
5 中鎖PHAの生分解性
6 おわりに
第2章 非天然型ポリヒドロキシアルカン酸の分解性とその評価方法
1 天然型・非天然型PHAの構造
2 2HA重合酵素の発見と2HAベースPHA
3 高分子が分解されるための条件とその評価方法
4 酵素的加水分解の第一段階:酵素の分泌
5 第二段階:高分子鎖の加水分解
6 第三段階:分解産物の資化・無機化
7 非天然型PHAの生分解性評価方法のまとめ
8 非酵素的加水分解性を有するポリエステルの分解
第3章 高強度繊維の作製と生分解性
1 生分解性高強度繊維の必要性
2 高強度繊維の作製
2.1 超高分子量ポリエステルからの高強度繊維
2.2 野生株産生ポリエステルからの高強度繊維
3 高強度繊維の構造解析
3.1 分子鎖構造解析
3.2 局所的構造解析(マイクロビームX線回折)
3.3 繊維内部の非破壊的観察(X線トモグラフィー)
4 高強度繊維の海洋および環境水分解と酵素分解性
4.1 海洋および環境水分解
4.2 酵素分解性
5 おわりに
第4章 生分解性制御技術の開発
1 はじめに
2 生分解性に及ぼすPHAの分子構造効果
3 生分解性に及ぼすPHAの固体構造効果
4 まとめと今後の展望
第5章 PHAの菌体外生分解機構
1 はじめに
2 菌体外PHAの生分解機構
3 PHAの環境分解性
4 PHAの微生物分解
5 P(3HB)の酵素分解機構
6 おわりに
第6章 微生物産生ポリエステルの海水生分解
1 海洋プラスチックの現状と対策の動き
2 生分解性プラスチックとその評価
3 海水中でのP3HBの生分解性
4 実環境下での生分解性
第7章 カネカ生分解性ポリマーPHBHの海水中における生分解性
1 評価1:海水中でのBOD試験(国立研究開発法人産業技術総合研究所との共同研究)
2 評価2:海水中でのフィルム崩壊性試験
3 評価3:海水中での射出成形体崩壊性試験
【第3編 ポリ乳酸の高性能化と生分解性】
第1章 構造制御による高性能化と生分解性制御
1 緒言
2 高性能化
3 分解制御
4 PLAおよび置換型PLAのSC形成
5 結言
第2章 高性能なコポリエステルの合成と生分解性
1 はじめに
2 生分解性を有する熱可塑性エラストマーの設計と合成
3 配列が制御された脂肪族芳香族コポリエステル
4 おわりに
第3章 多元ポリ乳酸の合成/分解の交差点:「オリゴマー」
1 PHAの生合成システム
2 多元ポリ乳酸の創製
3 オリゴマーが鍵:乳酸重合の超えるべきライン
4 多元ポリ乳酸の物性
5 「オリゴマー」が鍵:PHAおよび多元ポリ乳酸の分解機構
【第4編 さまざまな生分解性プラスチックとその生分解性】
第1章 ポリアミド4(ナイロン4)の合成と海洋生分解性
1 はじめに
2 合成と物性
3 ポリアミド4(ナイロン4)の生分解性
4 海水中での分解
第2章 イタコン酸を用いたバイオナイロンの合成と生分解性
1 はじめに
2 イタコン酸由来バイオナイロンの作製
3 おわりに
第3章 ポリグリコール酸の特性と生分解性
1 はじめに
2 KureduxⓇの原料と製法
3 KureduxⓇの特性
3.1 基本特性
3.2 生分解性
3.3 機械特性
3.4 ガスバリア性
4 KureduxⓇの用途例
4.1 PET共押出多層ボトル
4.2 PLA共押出多層ボトル
4.3 繊維
4.4 シェールガス・オイル掘削部材
5 KureduxⓇの環境適性
6 おわりに
第4章 ポリビニルアルコールの生分解
1 はじめに
2 PVAの水中での生分解機構
3 固体状PVAの生分解
4 褐色腐朽菌・キチリメンタケによるPVA生分解
5 まとめ
第5章 多糖エステル誘導体の生分解性:セルロース誘導体が循環型社会の実現に貢献するには?
1 はじめに
2 セルロース産業のメインストリームである製紙産業:規模,価格,リサイクル
3 セルロース誘導体の概観
4 セルロース誘導体の工業生産
5 CAの工業利用
6 CAの可塑化とブレンド設計
7 セルロース誘導体の製品価格
8 CAの生分解
8.1 はじめに
8.2 規格に基づいたCAの生分解データ:2017年の報告
8.3 CAの生分解を裏打ちする学術研究
8.4 人為的な微生物処理
8.5 CA分解に関与する酵素の研究
8.6 エステラーゼの関与とセルロースアセテートエステラーゼの発見
8.7 ヘミセルロース分解酵素と位置選択的脱アセチル化
8.8 まとめ
9 セルロース誘導体が循環型社会の実現に貢献するには?
10 おわりに
【第5編 プラスチックの分解酵素】
第1章 プラスチック分解微生物の分布と分解機構
1 はじめに
2 分解微生物の環境分布
2.1 クリアーゾーン法による評価
2.2 クリアーゾーン法による好気および嫌気分解微生物の環境分布
2.3 コロニー/クリアーゾーン形成曲線に基づく分解微生物の多様性と分解誘導期間
2.4 分解微生物の系統樹解析による分類学的分布
3 分解微生物のプラスチック分解機構
3.1 結晶化度の影響
3.2 コロニー形成の伴う分解機構
3.3 表面モルフォロジーの影響
3.4 プラスチック表面の結晶サイズの影響
3.5 完全微生物分解
4 分解微生物は化学合成プラスチックを何と見做しているのか?
5 まとめ
第2章 高分子の環境分解性発現
1 はじめに
2 生分解性プラスチックの環境分解性
3 化学合成脂肪族ポリエステル分解酵素
4 ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)分解酵素
5 おわりに
第3章 微生物産生ポリエステル分解酵素の構造と機能
1 微生物産生ポリエステル分解酵素
2 細胞外dPHB分解酵素
2.1 触媒ドメイン(CD)
2.2 PHB結合ドメイン(SBD)
2.3 リンカードメイン(LD)
3 細胞内nPHB分解酵素
第4章 脂肪族-芳香族ポリエステル分解酵素の構造と機能
1 脂肪族-芳香族系生分解性プラスチック
2 脂肪族-芳香族ポリエステル系生分解性プラスチックの微生物分解
3 脂肪族-芳香族ポリエステル系生分解性プラスチック分解酵素
4 脂肪族および脂肪族-芳香族コポリエステルの酵素分解メカニズム
第5章 ポリアスパラギン酸分解酵素の構造と機能
1 ポリアスパラギン酸(PAA)およびその誘導体
2 tPAA分解微生物
3 Sphingomonas sp. KT-1の生産するPAA分解酵素群
4 Pedobacter sp. KP-2由来PAA分解酵素(PahZ1KP-2)
5 tPAAの微生物分解機構
6 PAA分解酵素に類似した機能や構造を有する酵素
第6章 ポリエチレンテレフタレート(PET)分解酵素の発見と構造解析
1 PET資化細菌Ideonella sakaiensis
2 I. sakaiensisのPET分解酵素
2.1 PET加水分解酵素
2.2 MHET加水分解酵素
3 I. sakaiensisによるPET代謝
第7章 ナイロン分解微生物とその酵素の性質
1 はじめに
2 ナイロン分解微生物
3 ナイロン分解酵素
4 まとめと今後の展望
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