刊行にあたって
本書の初版「透明導電膜の新展開」は1999年3月であるが,今回内容を全面的に刷新した「透明導電膜の新展開?U」が出版される運びとなった。HPで「透明導電膜の本」を検索すると,最も良く売られているのが日本学術振興会透明酸化物光・電子材料第166委員会編「透明導電膜の技術」(オーム社,5,000円)であるが,本書の初版(65,000円)が次に良く売れていた。いま本書の初版を読み直してみると,その内容が現時点において陳腐化した訳では全くなく,むしろ当時強調した重要性が更に確認されたといえる状況で,御執筆の方々の慧眼に感心する次第である。今回の編集に際しては初版を読了済の方々への対応を配慮して,初版とは異なる切り口から新情報を盛り込むことを重視した。複数の視野から眺めると真実の姿が立体的に明らかになるので,初版をお読みでない方は読み比べていただけると幸いである。
誤解を恐れずに言うならば,透明導電膜それ自体は極めて地味な存在であって進歩も決して早くはない。例えば透明導電膜を用いた窓ガラスの熱線遮蔽(low-E window)の場合に,基本的な概念は半世紀近く前から存在したのであるが,資源の乏しい工業先進国(だった筈)の日本における研究開発は残念ながらいつも「腰砕け」で終わってきたように思う。しかしながら最近また希望が出てきた。科学技術振興財団の戦略的創造研究推進事業の研究提案募集があって,その中で平成14年ど発足研究領域(ナノテクノロジー関係)プログラムの一つとして,藤嶋昭東京大学教授を研究総括とした「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」があり,そこでは高効率太陽電池(これも透明導電膜が不可欠)などとともに「熱を反射し電磁波を遮へいする窓ガラス」に関する研究が要請されている。これを機会に透明導電膜の高性能化と大面積化が展開することを切に願っている。
そもそも透明導電膜は「光」と「電子」を結びつける材料なので,産業的な応用は枚挙にいとまがない。学術的にも物質の本質に迫る要点を備えていることが明らかになってきており,精度の高い議論を吟味するに足る高品質の膜の作製が実現しつつあると認識している。要するに透明導電膜に関与していると色々な意味で「食いはぐれがない」のである。透明導電膜との出会いは誰の場合にも偶然的な理由によることが多いと思うが,皆様各人の独自な観点から一生つきあって下さることを強く希望する次第である。
代表的な透明導電膜材料として酸化インジウムがあるが,インジウム化合物に関する「化学的な情報」は,他の金属化合物の場合に比べて驚くほどに少ない。インジウムという元素は旧来の「無機化学屋」にとって著しく興味を引かない代物であったらしい。インジウム化学物の合成や物性に関するマイナーな(少人数規模の研究会を開催したいと思っており,賛同する方も結構おいでである。適切な格子の方が見つからないのであるが,それは新分野の宿命と考えている。 御興味をお持ちの方は御連絡いただければ幸である。
最後になりましたが,ご多忙にもかかわらず本書の執筆を引き受けて下さった著者の方々に感謝申し上げます。また,本書を企画し,丁寧にフォローしてくださった(株)シーエムシー出版の三島和展氏に御礼申し上げます。
2002年9月 澤田 豊
追記:
ここから先は脱線なので忙しい方は無視していただきたいのであるが,中村修二「考える力 やり抜く力 私の方法」(三笠書房)をトイレと風呂で読んだ。ご存知と思うが氏は徳島の日亜化学で高輝度青色発光ダイオードや半導体レーザーを開発した人であるが,とにかく物作りへの執念が凄い。編者も最近CVD(スプレー法)を開始したしたところなので,MOCVDでガス流を工夫して熱対流を抑制するところや電子ビームの照射の代わりにヒーターで加熱するところなどを興味深く読んだ。何よりも感銘したのは,青色発光ダイオードの材料として,当時は超マイナーで可能性も低い窒化ガリウムを彼が選んだ経緯(意思決定プロセス)で,マイナー
な企業が勝つためには「可能性がゼロに近い材料」で勝負するしかないという判断であった。これは,大企業と同じものを作ったのでは必ず負けるという苦い経験に基づいている。直接的なきっかけは,論文も学位もなく留学して馬鹿にされコンチクショーと思って論文化しやすいテーマを選んだこともあるが,透明導電膜を研究する場合にも非常に勇気が湧いてくる話である。氏が多くの紙面を割いていないが注目すべきこととして,膨大な特許を出願し部下を率いて会社に利益をもたした点と,夜は8時には帰宅して家族と楽しい団欒を過ごしていた点があって,今更ながら見習うべきと感じている
著者一覧
南 内嗣 金沢工業大学 光電相互変換デバイスシステム研究開発センター 教授
太田裕道 科学技術振興事業団 創造科学技術推進事業 細野透明電子活性プロジェクト グループリーダー
細野秀雄 科学技術振興事業団 創造科学技術推進事業 細野透明電子活性プロジェクト 統括責任者,東京工業大学 教
授
小林征男 小林技術士事務所 所長
林 尚男 三井金属鉱業(株) 機能材料事業本部 機能粉事業部 企画室 室長
柏木淳一 三井金属鉱業(株) 機能材料事業本部 機能粉事業部 企画室 主査
星 陽一 東京工芸大学 工学部 電子情報工学科 教授
内海健太郎 東ソー(株) 東京研究所 主任研究員
泉 宏和 兵庫県立工業技術センター 技術企画部
澤田 豊 東京工芸大学大学院 工学研究科 工業化学専攻 教授
大矢 豊 岐阜大学 工学部 機能材料工学科 助教授
土屋哲男 (独)産業技術総合研究所 物質プロセス研究部門 無機固体化学グループ
若木政利 (株)日立製作所 日立研究所 主任研究員
中川美音 (株)日立サイエンスシステムズ 那珂カスタマーセンタ
渡邉俊哉 (株)日立サイエンスシステムズ 那珂カスタマーセンタ
関 成之 東京工芸大学大学院 工学研究科 工業化学専攻
青山剛志 東京工芸大学大学院 工学研究科 工業化学専攻
佐野真紀子 電子科学(株) 応用研究室
宮林延良 電子科学(株) 応用研究室
有井 忠 理学電機(株) 熱分析事業部 技師
内田孝幸 東京工芸大学 工学部 画像工学科 助教授
金子正治 静岡大学 工学部 物質工学科 教授
藤原 武 東京工業大学 応用セラミック研究所 構造デザイン研究センター 研究員
芳仲篤也 旭電化工業(株) 電子材料開発研究所 半導体材料研究室 主任研究員
重里有三 青山学院大学 理工学部 化学科 教授
平井俊晴 触媒化成工業(株) ファインマルチメディア研究所 MM第四研究グループ グループマネージャー
目次 + クリックで目次を表示
第1章 透明導電膜の導電性と赤外線遮蔽特性
1.はじめに
2.電気伝導の基礎
2.1 透明導電体の自由電子密度ne
2.2 移動度μ
2.3 電子と光の関係
3.Maxwellの方程式と光学定数
3.1 真空中の電磁波
3.2 媒質中の電磁波
3.3 導体中の電磁波
4.光学特性計算の基礎(フレネル係数法)
4.1 フレネル係数 4.2 フレネル係数の合成
4.3 三層膜
4.4 多層膜
5.透明導電膜の近赤外光学
5.1 プラズマ波長
5.2 自由電子の古典的表現
5.3 計算の実際
5.4 ガラス基板込みの透過・反射率について
5.4.1 逆向き反射
5.4.2 順方向反射と逆方向反射
6.まとめ
第2章 各種酸化物透明導電膜を系統的に比較する:材料選択の指針
1.はじめに
2.酸化物透明導電膜材料選択の基礎
3.酸化物透明導電膜材料の種類と特性
3.1 二元化合物
3.2 三元化合物と多元(複合)酸化物
4.特定用途への適合化と材料設計
4.1 化学的特性
4.2 材料物性
4.3 成膜技術
4.4 コストと環境問題
5.おわりに
第3章 P型透明酸化物半導体とpnヘテロ接合発光ダイオード
1.はじめに
2.p型透明酸化物半導体
3.pnヘテロ接合発光ダイオード
4.おわりに
第4章 有機透明導電膜
1.はじめに
2.導電性高分子の透明性
3.市販されている導電性高分子
4.導電性高分子の各論
4.1 ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン(PEDT)
4.1.1PEDTの特長
4.1.2 PED/PET複合フィルム
4.2 ポリアニリン(PAn)
4.3 ポリピロール(PPy)
5.おわりに
第5章 コランダム型結晶構造ITOの合成と物性
1.ITO粉体
2.ITO粉体の合成方法
3.粉体物性測定結果
3.1 SnO2添加濃度の粉末特性への影響
3.2 反応pHによる粉末特性への影響
3.3 水酸化インジウムの加熱処理による変化
4.まとめ
[製造・加工編]
第6章 スパッタ法によるプラスチック基板への製膜を見直す
1.はじめに
2.低温基板上へのITOスパッタ膜の作製
3.各種スパッタ体積法により得られるITO薄膜の構造と特性
3.1 対向ターゲット式スパッタ法を用いて堆積したITO薄膜
3.2 低電圧スパッタ法によるITO薄膜の作製
3.3 KrおよびXeガスを用いてスパッタ堆積したITO薄膜
3.4 運動エネルギー制御体積法によるITO薄膜の作製
第7章 スパッタリングターゲット:アークレスへの挑戦
1.はじめに
2.ITOターゲットにおけるアーキングとパーティクルの関係
3.アークレスへの挑戦
3.1 ITO焼結晶体の高密度化
3.2 組織の均一化
3.3 ターゲットの被スパッタリング面の表面粗さの低下
4.今後の展開
第8章 レーザービームを用いた透明導電膜の作製
1.レーザービームを用いる成膜法
2.PLD法によるITO膜の作製
2.1 PLD装置
2.2 PLD法により作製したITO膜の特性
2.3 アシストレーザー照射による低抵抗率ITO膜の作製
第9章 スプレー法による高性能透明導電膜の作製
1.はじめに
2.製膜方法
3.結果
4.今後の展開
5.まとめ
第10章 ディップコート法による高性能ITO膜の作製
1.はじめに
2.ディップコーティングについて
3.試料溶液の調製
4.酸化インジウム薄膜
5.ITO薄膜
6.まとめ
第11章 塗布光分解法による透明導電膜の作製
1.はじめに
2.塗布光分解法
2.1 塗布光分解法によるIn2O3膜の作製
2.1.1 結晶性の制御
2.1.2 膜の透過率の制御
2.1.3 電気特性の制御
2.2 ITO膜の作製
2.3 In2O3配向膜の作製
2.4 塗布光分解法によるIn2O3膜の生成機構
3.おわりに
第12章 透明導電膜のプラズマアニーリング
1.はじめに
2.EPA法の原理
3.EPA装置の構成
4.EPA法による塗布型ITO膜形成実験
5.まとめ
[分析・評価編]
第13章 FE-SEMによる透明導電膜の評価
1.はじめに
2.FE-MSの原理と特長
3.透明導電膜の評価
4.透明導電膜を用いたデバイスの評価
5.おわりに
第14章 昇温脱離法による透明導電膜の評価
1.はじめに
2.分析装置
3.測定試料
4.結果
5.考察
6.まとめ
第15章 熱分析法による透明導電膜原料の評価
1.はじめに
2.実験
3.結果
3.1 乾燥ガス雰囲気中での加熱プロセス
3.2 高濃度水蒸気雰囲気中での加熱プロセス
4 結論
[応用編]
第16章 有機EL用透明導電膜
1.はじめに
2.OLEDの構造
3.陽極に用いるITO
4.屈折率
5.ITOの表面洗浄と仕事関数
6.陰極に用いた透明導電膜
7.バッファ層
8.まとめ
第17章 色素増感太陽電池用透明導電膜
1.はじめに
2.CVD法によるFTOの製造
2.1 製膜
2.2 物性
3.SPD法によるFTOの形成
4.SPD法によるITOの形成
5.おわりに
第8章 CIS太陽電池用透明導電膜
1.はじめに
2.CIS太陽電池の構造
3.太陽電池に使用されている透明導電膜
4.CIS太陽電池に使用されている透明導電膜
5.おわりに
第19章 タッチパネル用透明導電膜
1.はじめに
2.タッチパネルの種類と動作原理
3.抵抗膜方式タッチパネルの基本構造と製造工程
4.抵抗膜方式タッチパネル用ITO膜
4.1 ITO膜への要求特性
4.2 PETフィルムへのITO成膜
4.3 ガラス基板へのITO成膜
5.MOD法によるITO成膜
6.『アデカ-ITO-P』の特徴と成膜例
7.まとめ
第20章 窓ガラスへの透明導電膜の応用:熱線反射ガラスとLow-Eガラス
1.窓ガラスの高機能化
2.熱線反射ガラス
3.Low-Eガラス
4.大面積ガラス基板上への機能性薄膜形成方法
5.まとめ
第21章 ITO粒子配列技術の導電性反射防止膜への応用
1.はじめに
2.導電性反射防止膜設計
3.導電性ITOゾル
4.SiO2加水分解オリゴマー
5.コーティング液及び膜形成方法
6.下層導電性膜の物性
7.導電性反射防止膜の膜物性と構造
8.今後の展開
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