刊行にあたって
21世紀という新しい時代の幕開けは,グリーンプラスチック(環境調和型高分子材料,生分解性高分子材料)にとっても本格的実用化の時代に向けての幕開けになった。米国の化学メーカーは2002年4月に年産14万トンのポリ乳酸の商業生産を開始した。従来の生分解性プラスチックの製造規模がテストプラントの規模であったことを考えるとこの14万トンいう数字は驚くべき飛躍であり,この飛躍により生分解性プラスチックの普及を妨げていた最大の障壁であった生産価格の問題は一気に解決されようとしている。
今回のポリ乳酸の生産には生産規模のほかにもう一つ注目しておかないといけないことがある。それは工場がトウモロコシ農場地帯に建設されていることである。これは,ポリ乳酸がトウモロコシデンプンの発酵により得られる乳酸を原料として生産されていることによる必然的結果ではあるが,日本のプラスチック製造プラントのほとんどが臨海地域にあることを考えると,画期的な発想の転換というべきことである。トウモロコシ農場の一角に立つ近代的な化学工場という風景は,21世紀の化学工場があるべき姿の一つを垣間見せるものであろう。つまり,石油という近未来に枯渇することがわかっている有限化石資源ではなくて,デンプンという再生産可能な植物有機資源を原料として,しかも生産されるプラスチックは生分解性で,環境負荷は低い。
ポリ乳酸の本格生産に刺激されて,ポリ乳酸以外のグリーンプラスチックも大量生産に向けた動きを見せている。まさに新時代の幕開けである。しかし幕開けは入り口であって,これからが本番である。グリーンプラスチックは将来的には全プラスチックの15-30%を担うものと期待されている。この期待を現実のものとするためにはなお一層の開発・研究の努力が必要である。
本書は,グリーンプラスチック新時代を迎えるにあたり,グリーンプラスチック開発・研究の現状を把握し,今後の課題を明らかにすること目的として企画された。大学・好適研究機関に所属されている方々には主に科学的な視点からグリーンプラスチックの研究の現状と展望を解説していただいた。ほとんどの執筆者は文部科学省科学研究費特定領域研究(B)「環境低負荷高分子」(研究期間:平成11年~14年)の分担研究者であり,また同特定領域研究の多くの成果が本書の中で紹介されている。
さらに,本書では商業生産が進められつつある,現時点で代表的なグリーンプラスチックについてメーカーの方々に解説を執筆していただいた。本書がグリーンプラスチックに関心のある多くの方々の御役に立つことを願っている。
最後に本書の刊行に多大なご尽力を頂いた執筆者各位ならびに,シーエムシー出版 編集部の江幡雅之氏に深く感謝申し上げる。
2002年6月 東京工業大学 井上義夫
著者一覧
大島 一史 生分解性プラスチック研究会 事務局 事務局長
木村 良晴 京都工芸繊維大学 繊維学部 高分子学科 教授
白浜 博幸 広島大学 地域共同研究センター 助教授
安田 源 広島大学大学院 工学研究科 物質化学システム専攻 教授
松村 秀一 慶應義塾大学 理工学部 応用化学科 教授
山根 恒夫 名古屋大学大学院 生命農学研究科 教授
上田 俊策 宇都宮大学 農学部 生物生産科学科 教授
前原 晃 三菱ガス化学(株) 天然ガス系化学品カンパニー生物化学部 研究員
岡田 鉦彦 中部大学 応用生物学部 応用生物化学科 教授
白石 信夫 京都大学名誉教授
佐藤 弘泰 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 助教授
味埜 俊 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授
辻 秀人 豊橋技術科学大学 工学部 エコロジー工学系助教授
三友 宏志 群馬大学 工学部 生物化学工学科 教授
岩田 忠久 理化学研究所 高分子化学研究室 副主任研究員
吉江 尚子 東京工業大学大学院 生命理工学研究科 助手
粕谷 健一 群馬大学 工学部 生物化学工学科 プロセス基礎工学講座 第二研究室 助手
齋藤 光實 神奈川大学 理学部 生物科学科 分子生物学研究室第三 教授
冨田 耕右 関東学院大学 工学部 工業化学科 教授
三田 文雄 京都大学大学院 工学研究科 高分子化学専攻 助教授
遠藤 剛 山形大学 工学部 機能高分子工学科 教授
金井 康矩 元 Cargill Dow LLC ;技術コンサルタント
望月 政嗣 ユニチカ(株) 技術開発本部 理事
伊藤 正則 ダイセル化学工業(株) セルグリーン事業室 部長
石岡 領治 昭和高分子(株) 顧問
前田 昌宏 BASFジャパン(株) ポリマー本部
池田 大輔 BASFジャパン(株) ポリマー本部
山本 基儀 BASF Aktiengesellschaft
浦上 貞治 三菱ガス化学(株) 天然ガス系化学品カンパニー 生物化学部長
竹内 茂彌 富山大学 教育学部 教授
水野 渡 富山県工業技術センター 中央研究所 評価技術課 主任研究員
目次 + クリックで目次を表示
第1章 環境調和型高分子材料開発の考え方
1.はじめに
2.高分子材料の資源・環境問題
3.環境調和型高分子材料の基本設計指針
4.高分子材料のリサイクル
5.生分解性高分子材料と原料の多様化
6.今後の研究開発の展望
第2章 生分解性プラスチックの国内外の現状と展望
1.はじめに
2.グリーンプラとは-定義と識別表示制度
2.1 国際的合意に基づいた今日的な認識
2.2 標準化試験法
2.3 グリーンプラ製品の定義(識別表示制度)
2.3.1 日本
2.3.2 ドイツ
2.3.3 EU
2.3.4 米国
2.4 実用化されているグリーンプラ
3.グリーンプラの実用化場面を巡って
3.1 グリーンプラ製食品容器包装資材の安全性と行政上の扱い
3.2 水蒸気バリア性(耐透湿性)
3.3 耐熱性
3.4 デンプン基グリーンプラ系における耐湿性・耐熱性付与の試み
3.5 実用化されたグリーンプラ製食品容器包装資材
3.5.1 米国事情
3.5.2 EU事情
3.5.3 その他
3.5.4 我が国の本事情
3.6 カッセルプロジェクト
4.グリーンプラ市場の将来動向
{基礎編}
第3章 生分解性プラスチックの分子・材料設計
1.生分解性ポリマーの合成経路
2.開環重合型の脂肪族ポリエステル
2.1 ポリ-ε-カプロラクトン(PCL)
2.2 ポリ-3-ヒドロキシ酪酸(PHB;ポリ-β-ブチロラクトン)
2.3 ポリ(α-オキシ酸)
2.3.1 ラクチドの重合
2.3.2 ポリ(α-オキシ酸)の改質
2.3.3 ポリリンゴ酸とその誘導体
3.重縮合系の脂肪族ポリエステル
3.1 ポリコハク酸ブチレン(PBS)
3.2 PBS誘導体
3.3 ポリ-L-乳酸(PLLA)
3.3.1 乳酸の重縮合プロセス
3.3.2 溶液重縮合法
3.3.3 塊状重縮合法
4.ポリ乳酸とポリエーテルのブロック共重合体
5.原料のサステナビリティ
6.おわりに
第4章 新規ラクチド共重合体の合成
1.はじめに
2.ラクチドと新規モノマーとの共重合体
2.1 デプシペプチドとの共重合体
2.2 デプシペプチド/ラクトン/ラクチド三元共重合体
3.官能基化ラクチド共重合体
4.おわりに
第5章 酵素触媒による脂肪族ポリエステルの合成
1.はじめに
2.酵素触媒重合による環境低負荷型高分子創製と持続型ケミカルリサイクル
2.1 in vitro によるポリエステル合成
2.2 リパーゼ触媒による脂肪族ポリエステル合成
2.3 酵素触媒重合機構
2.4 脂肪族ポリエステルの循環型ケミカルリサイクル
2.4.1 ポリ(ε-カプロラクトン)(PCL)
2.4.2 ポリ(3-ヒドロキシアルカノエート)
2.4.3 ポリブチレンサクシネート(PBS)およびポリブチレンアジペート(PBA)
3.リパーゼ触媒による脂肪族ポリカーボネートの合成と循環型ケミカルリサイクル
4.おわりに
第6章 微生物を利用する生分解性プラスチック合成
1.はじめに
2.ホモポリマーおよびコポリマーの合成
2.1 PHAの種類
2.2 ホモポリマー(PHB)およびコポリマー(P(3HB-co-3HV)
2.3 コポリマーSCL-MCL-PHA
3.合成代謝と遺伝子群とそれらの発現制御
3.1 PHAを合成する微生物
3.2合成系代謝と遺伝子群
3.3 菌体内PHA分解系代謝と遺伝子群
4.微生物PHAの生産工学
4.1 原料コスト
4.2ランニングコスト
4.3 分離,回収コスト
5.展望
第7章 天然物を利用した生分解性プラスチックの合成
1.はじめに
2.糖質を利用した生分解性高分子
2.1 ポリエステル
2.2 ポリアミド
2.3 ポリエステルアミド
2.4 ポリエステルカーボネート
2.5 ポリウレタン
3.アミノ酸を利用した生分解性高分子の合成
4.おわりに
第8章 植物資源からの生分解性プラスチックの開発
1.はじめに
2.デンプンからの生分解性プラスチック
3.セルロースからの生分解性プラスチック
4.木材などリグノセルロースからの生分解性プラスチック
4.1 木材のプラスチック材料化
4.2 木材の液化と熱硬化性樹脂化
4.3 リグニンの新分離法とそのバインダーとしての利用
5.おわりに
第9章 活性汚泥を用いた生分解性プラスチックの生産
1.はじめに
2.PHAの生成メカニズム
2.1 嫌気好気式活性汚泥におけるPHAの生成
2.2 嫌気好気式活性汚泥における好気条件下でのPHAの生成
2.3 標準活性汚泥によるPHA生産
3.活性汚泥を用いたPHA生産
4.これからの展望
第10章 生分解性高分子複合材料
1.はじめに
2.ポリマーブレンド系
2.1 作製法
2.2 物理特性
2.3 分解挙動
2.3.1 ブレンドが分解挙動に与える影響
2.3.2 分解による組成変化
3.微粒子添加系
4.繊維強化系
5.その他の複合系
5.1 多孔化のための添加剤
5.2 特殊な添加剤
6.おわりに
第11章 生分解性プラスチックの放射線改質
1.はじめに
2.生分解性ポリマーの放射線分解
3.生分解性ポリマーの放射線橋かけ
3.1 ポリカプロラクトンの耐熱性向上
3.2 セルロースエーテルのハイドロゲル
4.放射線グラフト重合による分解性制御
5.おわりに
第12章 生分解性プラスチックの固体構造と生分解性
1.はじめに
2.P(3HB)の遺伝子組換え大腸菌による超高分子量化
3.P(3HB)の固体構造と物性
3.1 溶融-結晶化フィルムの構造と物性
3.2 熱延伸による配向結晶性フィルムの作製と物性
3.3 冷延伸による配向結晶性フィルムの作製と 物性
3.4 繊維の作製と物性
3.5 単結晶の生成と構造
3.6結晶構造と分子鎖構造
4.P(3HB)の生分解性
4.1 フィルムの生分解性
4.2 単結晶の酵素分解機構
5.今後の課題
第13章 脂肪族ポリエステルの微細構造と生分解性
1.はじめに
2.立体規則性と生分解性
2.1 化学合成PHBの立体規則性
2.2 PHBの立体規則性の生分解性に対する影響
2.3 PLAの立体規則性
2.4 PLAの立体規則性に対する影響
3.PHA共重合体の微細構造と生分解性
3.1 微生物由来(R)-PHA共重合体の化学組成分布
3.2 微生物由来(R)-PHA共重合体の化学組成分布の生分解性に対する影響
第14章 生分解性プラスチックの酵素分解
1.はじめに
2.生分解性高分子の酵素分解性
3.脂肪族ポリエステル分解酵素
4.ポリカプロラクトン(PCL)分解酵素
5.ポリ乳酸(PLA)分解酵素
6.ポリウレタン(PUR)分解酵素
7. ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)分解酵素
8.ポリビニルアルコール(PVA)分解酵素
9.ポリアスパラギン酸(PAA)分解酵素
10.ナイロンおよびポリエチレンの酵素分解
11.おわりに
第15章 生分解性プラスチックの微生物分解
1.緒言
2.微生物分解の特性
3.ポリエチレン
4.ビニルポリマー
5.ポリエステル
5.1 ポリ(3-ヒドロキシブチラート)
5.2 ポリ乳酸
5.3 その他のポリエステル
6.その他のポリマー
7.おわりに
第16章 ケミカルリサイクル可能なポリマー材料の開発
1.はじめに
2.各種環状モノマーの店隋Σ鮟店隋
2.1 スピロオルトエステルの平衡重合
2.2 二官能性スピロオルトエステルとネットワークポリマー間のケミカルリサイクル
2.3 側鎖にスピロオルトエステルを有するポリマーとネットワークポリマー間のケミカルリサイクル
2.4 ビシクロオルトエステルの平衡重合を用いたケミカルリサイクル
2.5 環状カーボネートの平衡重合
2.6 環状カーボネートの平衡重合を用いたネットワークポリマーのケミカルリサイクル
2.7 環状サルファイトの平衡重合
2.8 ポリジオカーボネートの解重合
3.おわりに
{応用編}
第17章 ポリ乳酸の開発と工業生産
1.はじめに
2.ポリ乳酸開発の歴史
3.トウモロコシからのポリ乳酸の製造
3.1 トウモロコシの穀粒からのデンプンの抽出
3.2 デンプンの酵素糖化によるデキストローズの製造
3.3 デキストローズ溶液の乳酸醗酵による乳酸の製造
3.4 発酵液からの乳酸の単離と精製
3.5 乳酸の重合による低分子量ポリ乳酸の製造
3.6 低分子量ポリ乳酸の解重合による環状二量体ラクチドの合成と精製
3.7 ラクチドの開環重合による高分子量ポリ乳酸の製造
4.ポリ乳酸樹脂の物性
5.ポリ乳酸の市場展開
6.食品容器包装分野進出への課題
7.ポリ乳酸の生分解性
8.食品包材用途と安全性
9.欧米における法規制の現状
10.シドニー・オリンピックとカッセル・プロジェクト
11.循環型社会実現に向けて
第18章 ポリ乳酸の応用
1.はじめに
2.ポリ乳酸成形品の一般的特徴
2.1 ポリ乳酸の成形加工性
2.2 「テラマック」の基本特性
2.3 「テラマック」の環境分解特性
3.「テラマック」の製品構成と特徴
3.1 フィルム・シート
3.2 繊維・不織布
3.3 その他製品
4.「テラマック」の応用分野と用途展開
4.1 農林・園芸・土木分野への応用
4.2 食品容器・包装材への応用
4.2.1 ポリ乳酸の食品容器としての適性と課題
4.2.2 食品衛生性
4.2.3 ポリ乳酸のコンポスト中での分解機構
第19章 カプロラクトン系ポリエステル“セルグリーン”の開発と応用
1.はじめに
2.カプロラクトン系ポリエステル“セルグリー ン”の開発経緯
3.成形加工性
4.カプロラクトン系ポリエステル”セルグリーン”の開発経緯
4.1 フィルム,シート関連用途
4.2 発泡製品関連用途
5.生分解性
6.今後の課題と展開
第20章 コハク酸系ポリエステル“ビオノーレ”の開発と応用
1.コハク酸系ポリエステル“ビオノーレ”開発のコンセプトと開発経緯の概略
2.コハク酸系ポリエステルの構造と物性
2.1 化学構造
2.2 構造と物性
2.3 樹脂の安定性
3.成形加工性
3.1 成形性の概略
3.2 フィルムの成形
3.3 フィルムの物性
4.生分解
4.1 生分解の機構と分解中間体
4.2 環境への影響
4.2.1 生分解性プラスチックの環境中への残留の問題
4.2.2 土壌環境への影響
5.エマルジョン
5.1 エマルジョンの特性
5.2 生分解性エマルジョンの用途
6.おわりに
第21章 含芳香環ポリエステル
1.はじめに
2.化学構造
3.Ecoflexの物性
4.成形性およびフィルムの機械的性質
5.応用例
6.生分解性:コンポスト(堆肥)化
6.1 標準試験法に基づく生分解性の評価
6.1.1 制御された好気的コンポスト過程での生分解性の試験(ISO14855)および残存ポリマー分析
6.1.2 実地でのコンポスト化試験
6.2 脂肪族-芳香族コポリエステルのActinomyces族による分解と分解中間生成物の同定
6.3 T.fuscaより分離生成された細胞外酵素によるエコフレックスの分解
7.衛生性
7.1作物成育試験(大麦)
7.2 ミミズ試験
8.おわりに
第22章 微生物生産ポリエステル・天然物「ビオグリーンR」
1.はじめに
2.地球環境問題
3.生分解性プラスチックスの意義
4.生分解性プラスチックスの開発
4.1 開発の経緯
4.2 グリーンプラの種類
5.微生物生産ポリエステル
5.1 PHB
5.2 共重合体ポリエステル(PHA)
6.MGCのビオグリーン (BIOGREEN )
6.1 発酵原料としてのメタノール
6.2 ビオグリーンの製造法
6.3 ビオグリーンの特徴
6.3.1 熱可塑性の生分解性樹脂
6.3.2 天然物
6.3.3 安全性及び生分解性
6.3.4 耐熱性
6.3.5 ガス遮断性
6.3.6 微粉末
6.3.7 防細胞接着性
6.3.8 脱窒作用
6.4 ビオグリーンの用途開発
6.4.1 他の生分解性高分子の改質
6.4.2 天然ゴムの改質
6.4.3 コーティング剤
6.4.4 天然物製の食品容器
6.4.5 環境浄化
6.4.6 微生物生産軟質性PHAとのブレンド体
第23章 生分解性プラスチックの環境生分解
1.はじめに
2.生分解性プラスチック研究会・技術委員会によるフィールド試験
3.著者らによるフィールド試験結果
3.1 試料
3.2 試験片の設置場所と試験期間
3.3 分解性の評価
3.4 フィールド試験の結果
3.4.1 分解による形態変化
3.4.2 重量と強度の変化
3.4.3 環境による分解性の変化
3.4.4 FT-IRによる分解過程の化学的な評価
4.まとめ
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